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ストレッチングは運動パフォーマンスを低下させる?
前回、筋力トレーニング、特に爆発的な筋力発揮を高めるためのプライオメトリック・トレーニングが、意外にも中・長距離走のパフォーマンスを高めることをお話ししました。一方、ここ1、2年の研究により、静的ストレッチングが筋力発揮を低下させてしまうことが示されています。「運動やトレーニングの前に入念なストレッチ」は、いわばセオリーになっていますので、このことも一般的には意外な事実ということになるでしょう。ただし、これを解釈するためには注意が必要で、直ちに「今まで行ってきたストレッチを止めた方がよい」ということにはなりません。

【ストレッチングの一般的効果】
ストレッチングには、リラックスしてゆっくりと筋を伸ばす静的ストレッチング、反動動作を利用するバリスティック・ストレッチング、筋力発揮を伴うダイナミック・ストレッチングなど、さまざまなものがあります。これらに共通した効果として、筋の余分な緊張を除き、関節可動域(ROM)を広げることが上げられます。体内のほとんどの筋は、運動をしていないときでも多少の緊張を保っています。長時間同じ姿勢でいると筋の緊張が徐々に高まり、ROM が低下してきます。こうした状態では、なめらかな動きができなかったり、急に関節を大きく動かすことで障害が発生したりしますので、ストレッチングによって筋の余分な緊張を取り除くことは当然重要と考えられます。

【静的ストレッチングによる筋力低下】
ところが最近、3〜10分の静的ストレッチングの前後で筋力を測定すると、最大挙上負荷、等速性筋力などの動的筋力(McLellan ら、2000;Cramer ら、2004など)、等尺性筋力および筋力発揮速度(Nelson ら、2000など)がいずれも低下してしまうことが示されました。筋力低下は最大で約30%にも及び、その効果はストレッチング終了後45分間ほど持続するようです。また、筋力低下と平行して、筋の電気的活動も低下することから(Fowles ら、2000)、この筋力低下は、筋線維の動員能力の低下によることが示唆されます。筋力・パワー系競技の選手にとってこれは大問題です。

【筋力低下のメカニズム】
静的ストレッチングによる筋力低下のメカニズムについては、およそ次のように考えられています。筋には、筋紡錘という受容器があり、筋の長さを検知しています。筋紡錘が伸張されると、感覚信号が脊髄や脳の中枢神経系に送られますが、このとき、脊髄中にある運動神経(α-運動神経)の活動を増強し、伸張された筋の活動を高めるように作用します。これを伸張反射といいます。筋が伸張されると、これに抗して大きな筋力を意識しなくとも瞬時に発揮できるような仕組みです。一方、筋紡錘の内部にも、錘内線維と呼ばれる筋線維があり、運動神経による支配を受けています(γ-運動神経)。錘内線維は、筋紡錘の感度を調節していて、γ-運動神経が活動すると筋紡錘の感度が上がります。最大筋力を発揮するときには、αとγの両方の運動神経が活動し、筋紡錘からの感覚信号によってさらに筋力発揮が増強される仕組みがはたらきます。これをγ-α共役と呼びます。静的ストレッチングにより、筋紡錘の感度が低下し(脱感作)、その結果、筋の緊張は低減するものの、γ-α共役がうまくはたらかなくなって筋力も低下する可能性があります。

【体の「固さ」と障害】
それでは、障害とストレッチングの関連はどうでしょうか。関節可動域(ROM)の大きさとスポーツ障害の関係については、多くの疫学的研究があります。それらをまとめると、「ROMが極端に狭い場合には障害の原因になるが、必ずしもROMが広いことが障害を防ぐ要因にはならない」といえると思います。逆に、ROMが広すぎると、関節の「ゆるさ」につながり、障害の危険性が増すとの報告もあります。体操競技のように、ROMが直接的に重要となる競技もありますので一般化はできませんが、そもそも関節の「ゆるい」傾向のある選手にとっては、ストレッチングのやり過ぎは問題となるでしょう。

【アクティブ・ウオームアップ】
これに対し、ジャンプやジョギングなどの「アクティブ・ウオームアップ」を10分ほど行うと、ROMが広がり、筋力が低下せず、筋力発揮速度が向上することが示されています(Rosenbaumら、1995)。こうした効果には、筋活動と筋の伸張(ストレッチ)が組み合わされていること、筋の循環が活性化し、筋温も上昇すること、などの要因が関連しているものと思われます。

【どうしたらよいのか?】
このように、運動やトレーニングに静的ストレッチングをどのように取りれて行くかは、スポーツ生理学の分野では新たな課題になってきています。どのようにしたらよいのか、具体的な回答はまだありません。現時点で言えることは以下のようになるでしょう:最大パフォーマンスを発揮する直前には静的ストレッチングは行わない;やみくもに静的ストレッチングに長時間を費やすのではなく、静的ストレッチング→ダイナミック・ストレッチング→アクティブ・ウオームアップのように、段階的に筋力発揮のための準備を行ってゆく必要がある。



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